チベタンと山賊の歌

  チベット人のことをチベタンという。
  憧れの地だった。私はこの地にいるだけで満ち足りていた。何をするでもなく、何日もが過ぎていった。

  ラサにヤクホテルという安宿がある。バックパッカーが集まる宿で、そこで私は1ヶ月あまり滞在した。
  朝遅く目覚めると、近くの食堂に飯を食べに行く。宿に帰って本を読む。夕飯を食い、眠くなるまで本を読む。 そんな生活の合間に、ポタラ宮や、寺や、鳥葬場を見に行ったりした。時間はゆったりと流れた。

 宿には「ネリー」という黒い犬がいて、飯を食べに行く時に声をかけるとついてくる。おかずを少しわけてやり、帰りは一緒に宿にもどる。いつの間にか仲良くなり、私のベットで一緒に寝るようになった。私が昼間出かけて帰ってくると、ベットでまっている。たまにペニスの先から赤い血が出ていて、本人も気になるらしく、しきりに局部をなめている。何か悪い病気を持っているかもしれない。元気そうに見えるが、長くは生きられないだろう。その舌で私を舐めるのはやめて欲しかったが、犬にいっても通じない。私は少し複雑な心境で、ネリーに顔を舐めさせることを許した。

 犬だけでなく、宿のスタッフたちともいつからか親しくなり、従業員は休憩時間に私を呼びに来るようになった。晴れた日。日の降り注ぐ中庭にスタッフは車座に座って、じゃがいものふかしたものなどをみんなで食べ、チャイを飲む。私はその時間がたまらなく好きだった。底抜けに明るく、冗談が好きな連中で、その上親切だ。体の調子が悪い時には、本気で親身になってくれる。体調が悪い時、ワンムーという綺麗で賢い女性は「あなたが行くと高く請求されるから」と言って、薬局で薬を買ってきてくれた。

 ある日、「日本の歌を教えてくれ」と言われた。
 一人で海外を旅すると、こういう風によく言われる。
 考えてみると、日本らしい歌をあまり知らない。メロディーは知っていても、歌詞が完璧じゃなかったりする。いつだったか、横浜銀蝿の「ツッパリハイスクールロックンロール」を中国人に絶叫しながら歌ったら、みんな凄く引いちゃって、狼狽しながら拍手してくれ「う、うまいね・・・い、いい歌だね」なんて、言われた。

今回は「山賊の歌」という歌を歌った。

雨 が降れば 小川 ができ、
風が 吹けば 山が できる。
ヤッホー、ヤホホホ・・・♪

「あーめ♪」とだれかが歌い、「あーめ♪」と他の人が繰り返す。
「が降れば♪」「が降れば♪」 「おーがわ♪」「おーがわ♪」という風に。
私の好きな歌だ。歌詞も好きだし、初めてでもみんなで歌えるのもいい。
「続けて歌ってね」と歌い方を教えると、車座のチベタンが私の後について歌ってくれた。
チベットの宿の中庭で、チベタン達の山賊の歌が山に響いた。
それは、チベットの風景に不思議なほどとけこんでいた。

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